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ソ連軍主力撃滅失敗

★戦争計画
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南部地帯のソ連領奪取を今年度の目標とします。これにより不安定なハンガリー同盟達の蠢動を完全に封鎖出来ます。そうすれば後顧の憂い無くソ連領内への侵攻が出来るというものです。

★湿地帯へ
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5/16、5時、モジルから支援を受けてヴィータースハイム元帥(29/24)が戦線中央部のコロステンへ侵攻します。相手はトルブーヒン元帥(7/14)です。7時間後の12時には攻勢は成功しますが、湿地帯なので移動に影響が出ますね。早く動けると良いのですが。

★因縁の地クルスク
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5/24、クルスクからオストロゴツクへ侵攻。ヒムラー大将(20/18)vsシャローキン元帥(13/15)の戦闘は20時に我が軍の勝利で終わります。この侵攻は南下する場合に二方面攻撃をしたいが為の予備攻勢となります。そうなった場合、侵攻部隊は味方援護の下約2倍の兵力で優位に戦え、そうなると楽な戦闘になって組織統制率の低下が押さえられ、次の侵攻へ素早く移れるのが利点で、それを狙っての侵攻になっています。しかしこのプロヴィンスはよく攻防の争点になりますね、装甲軍団全滅したりと。手痛い敗退の地として忘れる事はないでしょう、きっと。

この時点での諜報部からの報告では、ソ連は歩兵283個、戦車36個で、それぞれ+64、+5となり、またもソ連は戦力増強を図られています。厳しいなぁ。

5/30、ヴィシュゴロドへコロステン、ズロービンからの支援を受けてモジルからイッペンブルク大将(31/33)が攻め込み、ルイバルコ元帥(31/53)と対決します。戦闘には勝利しましたが、勝敗が付いたのは3日後の12時という長い戦闘の後でした。こういった場合だと…組織統制率が超減らされてボロボロになるんですよね。そして戦力補充スライダーを圧迫するという問題が発生します。ですが一回補充がされればすぐ補充スライダーはどんどん下がるので、損害を受けた部隊を回復させる場合は他のスライダーが赤になってでも100%戦力補充スライダーへの投入をお勧めします。

6/14、無人のジトミル制圧です。と、ロウネへソ連軍戦車部隊が突出しているので少数の部隊を編成して蹴散らしに行きます。尤も、すぐ航空機による阻止&地上攻撃で一掃してしまいますがね。

★キエフ攻略
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6/14、11時、ロンメル元帥率いる42部隊がヴィシュゴロド、ジトミルからの攻撃でクニガ元帥率いるたった2部隊の寡兵を蹂躙してキエフを奪還しました。超戦力過多ですが、部隊の移動も兼ねるので仕方ありません。HoI2では移動が地上戦の基本ですからね。奪いたいプロヴィンスへ部隊を派遣したい時にはこの様にしてます。

同時刻には前述のジトミルからの別動隊がヴィンニツヤへも侵攻しましたが、こちらの攻勢は失敗に終わります。そして何とキエフがソ連軍の反撃により奪還されてしまいます。つ、強い…。

同日15時、最前線のクルスクからベルゴロドへ攻撃開始。ブラント元帥(24/18)とビリューコフ元帥(13/13)の戦闘が始まります。結果は奮戦虚しく10日後に敗退します。そしてその同日、ベルゴロドで敗北し、更に北方のティグヴィンで敗退します。

★包囲への道程
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6/24、3時、敵の弱い所を叩け、とスーミへ楔を打つ場所をずらします。ブロンベルク元帥(24/24)とヴォロノフ元帥(19/22)の戦いは10時に我が軍勝利で終わります。狙い通りですよ。

6/28、待望の装甲師団x3の増援が本国から到着。これは直ぐにブリヤンスクへ送ります。

★基本型情報理論
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同上理論をコンラート・ツーゼが完成させたので、今度はメッサーシュミット社へ改良型ターボジェット空母航空団の開発を命令。大西洋艦隊強化になりますから早期完成が楽しみですよ。

★死地
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7/1、6時、奪われたティグウィンに侵入したソ連軍の排除を行います。ヴォルコフとデミャンスクから攻撃し、3時間後には撃退に成功。しかし追撃は行わず、排除のみです。

HoI2ではプロヴィンスを巡って戦闘が始まり、戦闘結果が出てからその奪ったプロヴィンスへの移動が始まりますが、ここで移動キャンセルを行うと攻撃部隊は自分たちがいたプロヴィンスに留まります。これの利点は何かといいますと、敵を排除してもそのプロヴィンスへ派遣出来る部隊がいなくても敵の排除だけを行える事で、これ以上の侵入を防げるという利点があります。そしてこれを利用して退却した部隊の回復を待つという時間稼ぎの戦術なのです。これがAoDになると敵を後退させた後に移動キャンセルし、AoDでは航空機の爆撃プロヴィンスの直接指定が可能なので、そこを爆撃機で叩く、という技が使えます。これは無理に戦線を拡大出来なくても敵兵力を漸減可能なので、HoI2DDAよりも非常に効果のある戦術となっています。覚えておいて損はないと思いますよ。

7/2、9時、デミャンスクで敗北です。防備が薄いので仕方ないですね。これを受けてベジェーツク、カリーニンからも撤退し、防衛ラインの再構築を図ります。カルガ、モジャイスクからはPzx1、歩兵x3を火消し部隊としてデミャンスク南のルジェフへの派遣を決定しました。

7/3、4時、敵包囲作戦を本格的に開始します。クリンツィ、ブリヤンスク、クルスクからコノトプへ攻勢開始。戦車前へ!

7/6、コノトプの制圧完了。これによりクルスクが包囲されそうなので増援としてPzx6、PGx1、歩兵x3を派遣です。

7/10、7時、スーミからポルタヴァへ侵攻し、制圧します。ブラント大将(24/18)vsヴォロノフ元帥(18/28)の長い戦いが始まります。

7/12、10時、漸くポルタヴァの勝敗が決しました。長かった…。

7/13、5時、チェルニゴフをヴィシュゴロド、ゴメリ、クリンツィの三方から攻撃。キエフ包囲網を着々と構築中です。兵力では30vs6だったので圧倒的圧勝です。何処もそうだと良いですがねえ。

深夜2時、スーミ防衛戦が勃発するも、57vs43だったので撃退しました。ここを落とすにはちょっと兵力が足りませんねぇ。

★再度キエフへ
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7/14、4時、プリルキへコノトプ、スーミ、ポルタヴァの支援下で侵攻開始。目指すはキエフ東岸の制圧です。この時、突出部となるクルスクからは撤退。二重の縦深地帯があれば最初の層を突破されても構わないのでさっさと不要なプロヴィンスは放棄に限ります。

★脅威の排除
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7/15、時間稼ぎに失敗し、ソ連軍が開けたデミャンスクの穴が大きくなり過ぎたので、排除に掛かります。同プロヴィンスへノヴゴロド、スタラヤ、ルジェフ、カリーニンと四方向からの反撃戦はハインツ・グデーリアン大将指揮下の元(14/14)、ソ連のルイバルコ元帥(13/14)とほぼ互角の戦力で始まりました。勝敗は翌日の早朝4時に我が軍の勝利で終わりました。

★第二次キエフ攻防戦
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7/17、5時、ジトミルとヴィシュゴロドから進撃したヴィータースハイム大将(18/18)とキエフ守備隊のトルブーピン元帥(17/21)の戦闘が始まりました。しかし中々勝敗が決しません。

7/15、15時、防衛ライン外殻を突破して来たソ連軍の攻撃によりスーミで敗北です。急ぎ手を打たないとスーミの悲劇再びですよ!!

7/18、6時、またしてもキエフ攻略に失敗します。

7/22、ブロム・ウント・フォス社が現代型重巡洋艦の開発に成功です。ここでよくやるミスの次の研究指定し忘れがあったので指令を出します。まず海軍造船所に現代型駆逐艦を、コンラート・ツーゼには改良型デシメートル波早期警戒レーダー基地を、IGファーベン社には発展型合成石油プラントの開発を命じます。3つも空きがあったとか酷過ぎる…。

★敗退に次ぐ敗退
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同日、スーミで敗退です。そしてキエフ攻略部隊がいたヴィシュゴロドでも敗退。しかしここで諦めてはいけません。補給ラインを繋ぐ為にボルタヴァから死力を尽くした攻撃でプリルキを攻略しました。これでコノトプとプロヴィンスが繋がっているのでスーミから退却してくる味方を安全に収容出来ます。ほっと一安心ですよ。

7/24、6時、ジトミルでも敗北。ソ連軍ぱねぇ。

8/2、13時、ヴィシュゴロドから浸透して来たソ連軍はゴメリまで達しましたが、流石にドイツ軍内部へ深く侵入し過ぎた為、ズロービン、チェルニゴフからの反撃で全滅させられてしまいます。

★防戦から反撃
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8/7、16時、漸く反撃開始です。ズロービン、ゴメル、チェルニコフと三方からヴィシュゴロドを攻撃。ベレント大将(24/60)の攻勢でトルブーピン元帥(6/15)は一蹴されました。

8/14、2時、モーゼル製造会社が現代型歩兵師団の開発を終了し、そのまま現代型機械化師団の開発を指令します。

★渡河攻撃
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8/18、6時、コロステンへモジル、ロウネから侵攻。同時に、敵が薄いのでジトミルへ攻撃を仕掛けます。これが成功すればキエフ攻略がスムーズに出来るでしょう。

★第三次キエフ攻防戦
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8/28、6時、ジトミル、ヴィシュゴロド、プリルキからキエフを攻撃し、その日の午後16時、遂にキエフ攻略に成功します。長い戦いでしたが、史実通りならばあと一回攻防戦がありそうですな。

★チェルカッシィ攻囲戦
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9/10、4時、制圧したキエフ、プリルキからチェルカッシィへ侵攻します。ブロンベルク元帥(37/48)とソコロフスキー元帥(29/37)の戦いは我が軍の勝利で終わりました。史実と違って逆の立場になっていますが、危機を感じたソ連軍は撤退を開始しています。

★楔
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9/17、5時、今度はチェルカッシィからバルタへ進撃。これを翌日の深夜3時に落としますが、また奪い解されました。敵ながらあっぱれですよ。

同日、ドッガーバンクの海戦でアメリカCVコンステレーションを撃沈。久しぶりの戦果になりますね、大西洋艦隊の。

★不屈の攻勢
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9/25、7時、包囲を完全なものにする為輪を広げて行きます。まずはポルタヴァをプリルキ、チェルカッシィからの攻撃で攻略です。投入兵力は48vs26。翌日の13時に勝敗は決しました。

★進路南へ
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10/17、12時、チェルカッシィとポルタヴァからクリヴォイログへ攻撃するも翌日の2時、敗北します。投入戦力はカイザー元帥(42/42)vsトルブーピン(26/27)と、悪くない手ですがねぇ。戦闘修正を考えると冬季攻勢ってかなり難しいですね、実際やるとなると。さて、前回の攻撃から二週間以上も経ってるのは戦力補充に時間を取られたせいからでもありますが、負けが続くと、無駄とはいいませんが、貴重な時間ばかり経ってしまう気がします。だからといって攻勢は止めれませんし…。

★間隙を突く
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10/29、11時、バルタの敵戦力が少ないのを知ったので急ぎチェルカッシィから進撃します。上手く行くかな?

★最先端電子工学
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11/4、コンラート・ツーゼに基本型半導体の開発を行ってもらいます。次の技術革新は何かな。そしてフーゴ・シュペルレ閣下に爆撃機エースの主導ドクトリンの研究を命じます。

この時点での諜報部からの報告によると、ソ連は歩兵265個、装甲30個の保有で、前回より-19、-4となっており、少し希望が湧きました。この調子で出血死を狙っていければ…。

★攻者2倍の法則?
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同日7時、チェルカッシィ、バルタ、ポルタヴァからクリヴォイログへ進撃し、遂に翌日14時に勝ちました!投入した戦力はブロンベルク元帥(64/66)vsトルブーピン元帥(29/44)でした。そうすると冬季は2倍の戦力で攻めれば、多方面も勿論併用ですね、勝てるという事でしょうか。これは良い教訓となりそうです。

★空母航空団の最終進化
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11/7、メッサーシュミット社が改良型ターボジェット空母航空団の開発を終了。次に、久しぶりですが、アドルフ・ガラント閣下に偵察戦闘ドクトリンの研究を命じました。

11/10、I・G・ファーベン社が発展型合成石油プラントの開発に成功し、そのまま現代型合成石油プラントの開発を行います。

★敵部隊脱出の阻止
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同日深夜1時、包囲が完成しつつあります。ソ連軍残存部隊はドニエプル川を越えて脱出出来るでしょう
か。それとも、我が軍に潰されるか。生存をかけたレースの始まりです。

★モグラが頭を出す
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11/15、6時、敵を包囲すべくクリヴォイログからドニエプロペトロフシクへ攻撃開始。カイザー元帥(25/24)vsアンドレーエフ中将(11/10)の戦いは深夜0時に決着が付き、包囲網のピースは一つ埋め込まれました。

★挟撃
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11/21、6時、包囲の輪に縦深を持たせるべくザポロージェへポルタヴァ、クリヴォイログ、ドニエプロペトロフシクの三方から攻め、ブロンベルク元帥は45部隊をもって18部隊のクリク元帥を翌日の7時、破ります。同じ頃、バルタからオデッサへ侵攻し、敵を潰走状態に強いります。

★farm
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11/25、モーゼル製造会社が現代型機械化師団の開発を終了。次にジーメンス社に現代型農業の研究を命じます。それ程労働力不足を感じた事はありませんが、これも早期に開発し、少しずつ労働力を上げていた方が良かったと最近感じ始めました。塵も積もれば、ですねぇ。

★プファイル
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11/28、17時、クリヴォイログとドニエプロペトロフシクからヘルソンへ侵攻。包囲が完成しつつありますが、どちらかというと殲滅ではなくてプロヴィンスの奪取と敵の撃退が中心になっている感があります。包囲網の縦深は必要ではなかったかもしれませんね。戦闘は翌日の9時、独軍の勝利で終わります。

★憂鬱の終わり
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12/3、ヘルソンへ到達したカウピシュ戦闘団はバルタからの攻撃と協力して袋の中の鼠を潰しにかかります。残念ながらセバストポリ方面への扉は開かれたままだったので大半を脱出させてしまいましたが、ドニエプル川東岸を完全支配し、邪魔ばかりしていたハンガリー同盟軍もこれ以上動けない様に出来ましたので、これにてこの方面の問題は解決しました。次はスターリングラード方面でこういった包囲戦をしたい所です。

12/7、5時、サポロージェで敗北です。敵の大部隊が居たのできついかと思っていましたが、その認識は正しかったようです。しかし当たっても嬉しくない予測ですな。

12/13、16時、北方のペトロザヴォツクでも敗北。ここは前回も書きましたが、兵力が全く足りていないので防衛ラインが破られるのは困ります。しかもここが敗北した為にムルマンスクの部隊が孤立してしまいます。なので素早く物資輸送船団を編成し、自滅だけは防ぐ手配をしました。以前輸送船団の自動を切ったらそのせいで飛び地の部隊が消滅した事があったので、迅速に対応出来ました。失敗から学ぶとはこの事ですね。

12/15、13時、ヘルソンから渡河攻撃でペレコフへ侵攻。カウピシュ元帥(16/18)の戦力でシャポシニコフ元帥(7/13)を倒せるか不安でしたが、翌日の8時、我が軍の勝利で終わり安堵。これで対岸に橋頭堡を築けれますよ。

定例の諜報部からの報告によると、ソ連は歩兵240個、装甲28個を保有し、前回と比べて-24、-6と良い戦果で嬉しい悲鳴が。これだ!これを続けて行ければこの泥沼の独ソ戦から解放される!!頑張らないとね!

★シュナイダー
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12/18、13時、ドニエプロペトロフシクとペレコフからメリトポリへ侵攻。ベレント元帥(33/42)vsシャポシニコフ元帥(17/22)の戦いは二日後の11時にドイツ軍勝利で終わります。橋頭堡をこの調子でドンドン広げて行きますか。

★ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ
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12/22、8時、ポルタヴァ、クリヴォイログ、ドニエプロペトロフシクの三方からザポロージェへ攻撃開始。参加兵力はブロンベルク元帥(45/48)vsG・K・ジューコフ元帥!(13/13)でした。ジューコフ元帥は怖いなぁ、と思いつつも多方面で、且つ大兵力であったので5時間で戦闘は決着。ドイツ軍は着々と橋頭堡拡大中です。

遂に1948年に突入。独ソ開戦から7年目って長過ぎでしょう、JK。

★47年式歩兵の洗礼
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1/9、北方戦線から火蓋が切られました。ヴォルコフからの支援を受けてソルタヴァラからペトロサヴォツクへ侵攻するも敗退。戦力はハルダー元帥(20/21)vsヴォロノフ元帥(12/14)だし二方面だから勝てると思っていましたが、敗因はこれらもあったかもしれませんが、別の次元で差が付いていました。こちらが45年式の歩兵に対し、ソ連側は47年式だったのです!装備更新が大量にあるから分散して負荷がない様に少しずつ、と47年式歩兵を遅めに開発をしてつい最近生産可能になったばかりだったのですが、そんな悠長な事をしてほくそ笑んでいた私は馬鹿でした。自国はそれで良いかもしれないが、他国はそんな事知ったこっちゃないわ!とガンガン装備更新して投入して来る訳ですからね。

装備の差が決定的な戦いの要素となるHoI2ではこの思考はいけませんね。今迄も常に新型の装備が勝って来ました、はちょっと誇張し過ぎますが、これは揺るぎない事実です。そして装備が上で数も多ければ戦闘ではまず負けないと言えるでしょう。こんな基本を忘れているとはHoI2クラスタ失格ですね。今回の件を吟味し、今後に活かします!

★マキシムゴーリキー
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1/11、6時にクリミア半島で攻勢を開始。イェヴハトリアとセヴァストポリからの侵攻でソ連軍をケルチから追い出します。5時間後には勝利してこの半島の戦いは以後防衛主体となります。それともここを突破してバクーへ進撃って妙案な気がして来ました。ちょっと試してみようかな。

★白い閃光
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1/22、7時、ザポロージェ、メリトポリからスターリノへ侵攻。カイザー元帥率いる48個師団はクリク元帥の17個師団を蹴散らしますが、戦闘時間が9時間というのは長いのか短いのか判断しかねます。今は冬季でもあるので余計分かりにくいです。

1/26、フーゴ・シュペルレ閣下が戦闘機エースの主導ドクトリンの研究を終了。次はメッサーシュミット社に改良型ターボジェット戦術爆撃機の開発を任せます。

★BV P.178
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1/30、アドルフ・ガラントが偵察戦闘ドクトリンの研究を終えたので、次にハインケル航空機製造会社に改良型ターボジェット近接支援機の開発を命じます。しかし最近はCASの損害が馬鹿にならないので困っています。もうちょっと護衛の戦闘機を増やすかなぁ。でも本当、全滅ばかりなのですが、もしかして対空射撃で削られてる?それにしてもCASの研究画像にMiG-15が出ているのはなんでしょうね。エアコブラの様に37㎜機関砲装備してるので対地攻撃扱いなんでしょうか、パラド的には(笑)。確かにこんな口径のでかい砲弾ではB-29の様な爆撃機にしか当たらないでしょうから、対地攻撃には向いているのかもしれません、威力も十分でしょうから。

2/1、5時、オデッサで殲滅戦を行った南部軍集団は東進し、ロストフまで到達です。この後、少し休戦して部隊の整備、再編成に当たりました。ソ連も大人しかったのは同じ事をしていたからでしょうかねぇ。

★ドニプロ川渡河
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2/20、5時、ロストフから渡河でコンスタンティノフスクを襲い、橋頭堡を確立します。

★万能且つ優秀な企業
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2/28、I・G・ファーベン社が現代型合成石油プラントの開発に成功。漸くここまで来ましたが、少しでも石油生産を自国で賄える様になった事は嬉しい限りです。そしてI・G・ファーベン社にはそのままプラスティックの開発を命じます。

同日5時、コンスタンティノフスクからカシャリーへ進撃。

★長期戦
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3/6、10時、コンスタンティノフスクを橋頭堡として兵力を対岸に送り、戦果拡大の為カシャリーからボグチャルへ侵攻。戦闘は長引き、3/8の5時まで勝敗は決まりませんでした。

3/8、カメンスタンクシャフチィンスキをボグチャルとロストフ同時に攻めます。

この時の諜報部からの報告では、ソ連は歩兵247個、戦車25で、比較すると+17、-3となっています。歩兵がまた増えましたが以前ほど大きい増加ではなく、また戦車が減っているのでややソ連軍優勢、と判断します。

3/16、大西洋艦隊がアメリカ海軍と交戦し、CVミッドウェイ、CVLイオージマ、CAセントポールを撃沈です。毎年恒例の大戦果はなくなりましたが、少しずつでもアメリカ海軍、特に空母を減らしていくのは良い事だと感じます。

★ソ連軍集結地
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3/20、5時、スーミへコノトプ、ブリルキ、ポルタヴァの三方向から攻めます。カイザー元帥(43/48)とソコロフスキー元帥(14/22)の戦いは18時まで続き、我が軍勝利で終わりました。また、オソトロゴツクへ向けてロッソシュへも侵攻します。更にキエフ東のヴィロボツクへスターリノ、カメンスクシャフティンスキからも攻勢開始。イニシアティブはこちらにある様なので押しまくりましょう。しかしこれだけ集まったソ連軍を撃破出来ればパワーバランスは一気に傾きますな。負けられない!!

★春の嵐作戦
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4/4、1時、コノトプ、スーミからベルゴロドへ、サポロージェ、スターリノ、ビロヴォツクからハリコフへ攻撃開始。カイザー元帥(30/30)vsトルブーピン元帥(19/21)の対決は我が軍の圧勝で終わり、敵を一気に潰走させました。しかし蓋をすべきプリヤンスク、とオソトロゴツクからオリョルへの攻勢が失敗してしまいます。これでは包囲が完成しない…。

4/13、オソトロゴツクだけでなくロッソシュでも敗北。これでは逆包囲に遭います。脱出せねばまた装甲軍団が全滅してしまう!!

★孤立の恐怖
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4/15、5時、包囲中の味方へ攻撃中の敵の攻勢を邪魔する為にブリヤンスク、コノトプ、スーミからクルスクへ牽制攻撃開始。ハリコフ東では、後退中の味方を収容すべくビロヴォツクからロッソシュへ増援を送ります。

結局ハリコフも奪えず、更に敵主力を捕捉したのに撃滅に失敗するなど失態をさらして泥濘期を迎える事になりました。ただ物資と石油を浪費しただけですね、これでは。

一番の敗因といえるのは、オリョルへの攻撃です。予定では包囲の蓋はオストロゴツクではなくて東のクルスクへでしたが、ここで「もう少し戦果を増やそう」等とオリョルへ向かってしまいました。ここを当初の目的地であるクルスクにして置けば、それだけでも十分な戦果を得られた筈です。結局欲を出し過ぎてこうなってしまったのは明らかに私の判断ミスです。もしもう一度チャンスがあるのならば、手堅い作戦で包囲殲滅を行えれば良いな、と考えますが…こればっかりはソ連軍次第で、私の希望的観測などで役に立たないでしょう。しかし本当に、大失敗で無様ですよ。

★改良型ターボジェット
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5/26、コンラート・ツーゼが基本型半導体の開発に成功。次にヴェルナー・フォン・ブラウンにフルスキルで改良型ターボジェット戦闘機の開発を任せます。メッサーシュミット社は既に新装備の開発に忙殺されている中、他にメッサーシュミット社並みに能力の高い研究者がいるのは流石ドイツです。大変素晴らしい事ですよ。

5/30、13時、ハリコフへスーミ、サポロージェ、スターリノから侵攻し、6/4の12時に制圧を完了します。さて、敵はどう動きますかね。諜報部からの報告によればソ連は歩兵258個、戦車27個と+11、+2と増加しています。厳しい戦いが待っている事だけは確かですよ。
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テーマ : ゲームプレイ日記
ジャンル : ゲーム

冬季攻勢の開始

この年は冬季でも攻勢を掛けまくりました。冬でも地形モードのみを見て天候を確認せず、常に敵よりも兵力を多く投入し、多面攻撃を意識して戦っていたら案外それ程積雪とかの影響も受けずに戦えましたよ。一年休みなくずっと戦いだったので、その分疲れた感じはしましたがね、私が(笑)。でも調子に乗りすぎて装甲兵軍団が消えたり石油の備蓄が無くなったりで戦争遂行能力が大幅に落ちてしまったりしてますが…。まあ、次のキャンペーンの用意も既にしてるので、今回も負けても良い様にしていますからHoI2が終わるわけではありませんのでご安心を。モンハンの初見殺しに比べたら……いや、温過ぎるね。HoI2の方が残酷で悲惨だわぁ。でもこうして負けて覚える事が次に繋がるので何も得ない訳ではないのがHoI2の良い所です。これはモンハンでも同じ事が言えますが、あっちは消費される時間が半端ないのと、色々と出すハードによって操作系がごろっと変わったりするのが困りますし、第一MODの面白さを知ってしまうともう家庭用ゲームには全く魅力がありませんねぇ。そして開戦前に計画通り政治、経済、軍事を上手くやればやるほど開戦後に有利に動けて楽が出来たり、独自の戦術を編み出す事により愉しみが増すので堪りませんよ。本当、こういうゲームを待っていたんだ、一度買ってみたもののさっぱり分からず売り飛ばしもしましたが(爆)。さて、1946年のお話をしましょう。

5/12、パルチザンを今回は余り見ないのですが、ちょっと見かける様になって来たので騎兵部隊を増やすかな。って、生産しないで忘れていたらパルチザンに占領されたプロヴィンスに我が軍の航空機がいて…(血涙)。

5/14、ハインケル航空機製造会社が発展型海軍爆撃機の開発に成功。次にI・G・ファーベンに改良型石油精製を開発してもらいます。これを去年やっていれば…(滝泣)。

5/17、石油、石油が足りねぇえ!という事でイタリア、アルゼンチン、ウルグアイ、レバノン、サウジアラビア、ブルガリア、シャム、シリア、ベネズエラと資源取引開始。今迄は最初にソ連とだけ大口の資源契約結んだらそれでずっと戦えていたので、戦争開始後は外交は殆どやってなかったんですよねぇ。大味すぎるだろ、JK!それでも確かに戦えたけれど、ここまで独ソ戦が長引いたのは想定外でしたし、まだ戦えるという事が個人的には嬉しいのでまだまだ負けたくないよぉ、と以後石油確保に精を出すのでした。

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同日、フーゴ・シュペルレ閣下が周辺防御ドクトリンの研究を終了、次にカール・デーニッツ提督に空母群ドクトリンの研究を命じます。

5/19、深夜3時、スタラヤからデミャンスクへ侵攻開始。ここを抜けると後は大平原なので装甲部隊の機動性が遺憾なく発揮出来るぜ!

★湿地帯突破 
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デミャンスクを超えれば装甲部隊が機動力を武器に縦横無尽に活躍出来るので、個人的にはここは交通の要所。以前もここを駆け抜けてモスクワを包囲殲滅しましたよ~。今回も、同じ手ですが、これが宝石ですから。

この時の諜報部の報告によると、ソ連は歩兵284個師団、装甲師団33個で、前回よりも+11、+3になってます。これを何とかして減らしていかないと…。

★平原の果てへ 
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5/24、11時、スタラヤの支援の元ポルコフからノブゴロドで侵攻。ブラント大将12/24vsルイバルコ元帥10/60の戦いは、三日後の早朝4時に我が軍の勝利で終わりました。この時少し兵力状況を見ていたら、ここだけで空爆により9個師団が消えてました。蒸発戦術恐るべし!

★モスクワ北部の戦い
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5/25、今度はトロベツからの支援を受けてヴェルキエルキからルジェフへ侵攻。ケッセルリンク元帥34/42vsゴヴォロフ元帥12/13は我が軍の圧勝で終わりです。

★ドミノ崩し
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5/29、早朝3時にキンキゼップの支援を受けてゲドフからルガへ侵攻。カウピシュ大将24/24vsソコロフスキー元帥12/28も余裕の圧勝で、僅か8時間で決着が付きましたよ。

★威力偵察
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6/2、3時、ティクヴィンへデミャンスクから少数のハルダー戦闘団が進撃。敵は後退中ですが追い越せれば儲けもんです。

★北部大攻勢中
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6/3、3時、ルガからヴォルコフへ少数のカウピシュ戦闘団が侵攻。探りを入れます。

6/6、深夜0時、カール・ヒルベルト閣下が戦死!将官これで4人目ですよ!!(涙)。同日、ティグヴィンで敗退。まだ敵には戦闘能力が残ってるみたいですね。

★北方の壁
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6/8、6時、ティグヴィンを奪うべく侵攻しますがまたしても敗退。

★艦載機更新
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6/9、空母航空隊の更新が終わりました。更新されたのはジークフリート、パルシファルです。そして同日3時、ペトロザヴィツクへ進撃。渡河攻撃でカウピシュ大将10/18vsコルパクチ大将11/14の戦いは失敗に終わります。やはり兵力が少ないのと渡河で戦闘に修正がかなり入ったからでしょう。ここは次の手まで待ちますか。

6/20、4時、貴重な装甲師団x2が配備されました。戦略移動でデミャンスクへ配置です。

6/22、15時、ビスケー海盆西部の海戦で大西洋艦隊は連合軍艦隊と戦闘し、アメリカCAキャンベラ、イギリスCLペネロープ、ポル?、アルガルヴェ、DDx1、カナダDDx1を撃沈です。イギリス、CVもCAも無いのかなあ。

★攻勢最大到達範囲
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6/23、17時、ティグヴィンの支援の元ヴォルコフからヴィテグラへ侵攻。圧勝でした。

★死地
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調子よく勝ち続けて進んで行きましたが…

★頑強なる北方守備隊
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7/1~5、モロトフクスへく攻撃をするも投入する兵力が少ないのか敗れてばかりでした。

7/8、8時、セゲージャへヴィテグラから攻撃。本当はモロトフクスからの二面攻勢が良かったんですが、上記の様に負け続け、中々モロトフクスが落ちなくてじれったいので左翼だけで攻めました。それ程抵抗を受けなかったので、最初からヴィテグラからだけで良かったかな?

★孤高の軍人
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7/7、フーゴ・シュペルレ閣下が戦闘機エースの主導ドクトリンを研究開始です。その前に何をしたかメモがないので分かりませ~ん。しかしシュペルレ閣下って確か元帥で予備役という不名誉な扱いがあって不憫そうですねぇ。でもHoI2では研究に爆撃に大活躍です!でも地上攻撃ミッションあるのに、同日、研究してる時があるけど実験は何処でやってるのかな…。

★レニングラード陥落へのゲート
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7/15、4時、ヴォルコフからの支援を受けてセゲージャからペトロザヴォツグへ侵攻。レニングラード攻囲戦の始まりです!

★攻囲完了まで@1プロヴィンス
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要塞があるし渡河攻撃も強いられる。オマケに要塞付きですから半端な戦力ではぴくともしません。用意周到に準備して、出来るだけ楽に攻め落としたいですね。

★レニングラード奪還
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7/25、5時、湿地帯を抜けてデミャンスクから反時計回りに進み、ヴォルガ川を渡河してラドガ湖を周った部隊がレニングラード北のプロヴィンス、ヴィボルグに到達。完全に包囲した後に3方からレニングラードへ攻撃開始。カイザー元帥37/45vsヴォロシロフ元帥14/25の戦いは4時間で決着が付き、レニングラード奪還に成功です!

同日、大西洋艦隊と連合軍艦隊が海戦し、イギリスのBBバーラム、CLユートアラス、CVLアーガス、DDx1を撃沈。チャーチルのアレを更に毟り取ってやりました。しかしまだ主力艦がまだいたんですえ、イギリス。でもそれも今海の藻屑にしてやりましたが(ゲス顔

★戦争計画
次の戦略目標はいよいよモスクワです。兵力は十分。後は南下して敵を蹴散らすだけですよ。
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8/6、ラトヴィア、リトアニアを独立させます。パルチザン率高いのでTCへの負荷を下げようと考えてやってみましたが、効果はあるんですかねぇ。

★折られた矢
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8/15、気が付いたら航空艦隊がたった1個しかいない!そしてスツーカ部隊も!!原因はパルチザンと度重なる戦闘での消耗、敵戦闘機の存在でしょうか。ううう、これは痛い。今から再建間に合うのかなぁ。

8/17、I・G・ファーベンが改良型精製技術の開発に成功し、そのまま発展型精製技術を研究して貰います。

8/18、海軍造船所が遂に現代型空母を開発完了。これで艦載機も更に強くなりますね!って、ジェット部隊いるから変わらないかも?空いた研究枠にはマン社に改良型ロケット砲の開発を命じます。自走砲の進化が止まってるので、もしかしたらロケット砲を開発済にすればいいのかな、と訳も分からず研究中です。

8/28、メッサーシュミット社が改良型ターボジェット護衛戦闘機の開発に成功。そのままターボジェット海軍爆撃機を開発してもらいます。

★一進一退
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後退する部隊もいますが、概ね進撃は順調です。しかしこの現場には行きたくありませんね。憲兵は処理が大変で発狂中でしょうし(笑)。

★時計回りの進撃
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8/30、ヴィテグラからモロトフクスへ、チェレポヴェッツからヴォロドガ、ダニーロフへと3方向へ侵攻開始。後者は後退する敵を追い越して殲滅させます。間に合うと嬉しいのですが。

この時点でのソ連兵力は諜報部によると歩兵279師団、装甲32師団で、前回より-5、-1。あんまり減っていませんが、増産されたことも考慮に入れる必要があるかな?

9/3、ダニーロフに着いた部隊はすぐさまヤラスラヴリへ進撃させます。

9/9、5時、デミャンスクとチェレポヴィッツからベジェーツクへ侵攻。ハルダー元帥27/42vsクリク元帥5/24の戦いは結果を見る必要もないですな。同日、ヤロスラベリからルイピンスクへの侵攻で、カイザー元帥14/24vsチュイコフ大将10/20の戦いも楽勝で終わります。

★タイフーン作戦
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9/16、8時、デミャンスクとベジェーツクからカリーニンへ侵攻。トロベツ、スモレンスクからヴィヤズマへの侵攻。モスクワが徐々に包囲されつつありますね。そしてモスクワ北部を通過した部隊はルイビンスクからウラジミールへ、ヤロスラヴリからムーロムへと進撃。物凄いタワーになってる敵野戦軍の包囲殲滅を狙います。

★一度は沈んだ軽巡
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同日、ビスケー湾で海戦発生。損害は連合軍のCLマーブルヘッドのみでした。今回は誤報ではありませんのであしからず。

★戦力の均衡
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9/22、7時、ルントシュテット元帥21/15とロコソフスキー大将10/12がモスクワ南のノギンスクで激突するも中々勝敗が決しません。それでもモスクワは包囲出来そうですが、タワーは追いかけないと無理っぽいですねぇ。

★微笑みのアルベルトと最後のプロイセン軍人の共演
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9/23、9時、モジャイスクでケッセルリンク元帥25/30vsヴォロシロフ元帥15/17の戦闘が始まりました。モスクワの東西でルントシュテットとケッセルリンクが戦うとか胸熱です。

★ドイツ機動艦隊 会心の一撃
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9/25、13時、何とノギンスクで敗北。ここで貴重な時間が奪われます。そしてノギンスク敗北とほぼ同時に海軍から報告がありました。大戦果と大損害の報せです。

リトルミンチ海峡の海戦にて、アメリカのCVフィリピン・シー、レイク・シャンブレイン、フォレスタル、キティーホーク、アンティータム、レブライザル、アメリカ、F・D・ルーズベルト、CVLバターン、モントレイと軽空母を合わせて空母計10隻撃沈という凄い大戦果をもたらしました!これは凄い!!しかし損失も多く、こちらもCVペーターシュトラッサー、ラインゴールド、CAアドミラル・グラーフ・シュペー、アドミラル・ヒッパーを喪失。そして残った艦隊群も大打撃を受けています。

CV
グラーフ・ツェッペリン:耐久度残り90%
バルバロッサ:同48%
アメリカ:同30%
ジークフリート:同50%
パルシファル:同48%
CA
ザイドリッツ:無傷!
プリンツ・オイゲン:同80%
CL
エムデン:同50%

となり、機動部隊は長期に渡る修理が必要になりました。しかし、これだけの損害を与えた、これぐらいの損害で抑えれた事は称賛に値します。育成に手間が物凄くかかりましたが、やはり空母の整備は必要事項であり、育てた分だけの仕事はしっかりやってくれるという事が良く理解出来ました。投資は無駄ではありませんでしたね~。一昨年だったかな、アメリカ艦隊が来ると逃走したのとは大違いです。これは非常に嬉しい事ですねぇ。そして失った分の補充を、と現代型空母2隻の建造に着手しました。これも今後大いに活躍してくれるでしょう、動かせる石油があればね…。

9/28、司令部が中々回復しないので臨時にハインツ・グデーリアン少将を大将に昇進させ、攻撃部隊の指揮を取らせます。ヴラジミールからリャザンへ攻め入り、この日の20時に我が軍の勝利で勝敗が決しました。参加兵力はグデーリアン大将9/18vsチュイコフ大将8/13でした。

9/29、フーゴ・シュペルレ閣下が戦闘機エースの主導ドクトリンの研究を終了させましたが、ここでメモがないのでまた次の研究指定し忘れですかね…。同日、モロトフクスで敗北。また貴重な時が失われます。

9/30、8時、三方向から包囲したモスクワへ攻撃。翌日の5時には陥落させる事に成功しましたが、殆ど敵はいなかったので無駄な戦力投入が多かったです。36/54vs2/2とか馬鹿ですよ、全く。この兵力を南部へ向けて敵部隊の追撃に回しておけば…

★モスクワ陥落
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10/1、前述の様にモスクワを落としましたが、モスクワ直下のノギンスクで負けているので敵守備隊の脱出を許してしまいます。しかしこの後、トゥーラへグデーリアン隷下の部隊が到達するので、このまま敵タワーを封じ込めれると思ったのですが…。

★名将ジューコフ元帥との激突
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10/2、5時、モギリョフ、スモレンスク、ヴィヤズマからロスラフルを攻略。ルントシュテット大将28/13vsジューコフ元帥!10/12で戦いましたが、こちらは三方から攻めても指揮限界をかなりオーバーしてるし相手がジューコフ元帥な事もあってか戦闘が終わったのは三日後の9時でした。恐るべし、指揮限界&ジューコフ元帥。

10/4、2か所で戦闘です。敗走中と思われたソ連軍部隊とトゥーラでグデーリアン大将9/15vsシャポシニコフ元帥39/24が、ノギンスクではケッセルリンク元帥35/37vsヴォロノフ元帥42/72が戦い、それぞれ負けて勝った結果になりました。ここで後退中だった敵の捕捉に失敗した為、再び時間が無駄にされ、敵タワーの後退に追いつくのが難しくなりつつあります。

★北方大戦
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10/7、8時、北でも戦闘が始まりました。ペトロザヴォツクとセゲージャからケムへ侵攻し、アウグスト・ハイスマイヤー大将23/24vsコルパクチ大将8/13が対決です。

★渡河攻撃
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10/8、17時、モギリョフとズロービンからロガチェフへ攻撃を加えます。そして撤退を強いられているソ連軍部隊に新たに加わってもらいましょう。イッペンブルク大将26/12vsクリク元帥9/18の戦いは、また指揮オーバーで不味いですね、ほぼ互角で中々勝敗が決しません。プロニャ川を渡河しての攻撃だから尚更でしょうか。

★大追撃戦
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10/10、深夜、ソ連軍撤退ルートであるカルガの隣のプロヴィンス、トゥーラへ装甲部隊が到着し、制圧しましたが、この近郊にまで来た退却中のソ連軍との間で戦闘が起きました。ケッセルリンク元帥29/31vsヴォロノフ元帥25/57です。これもほぼ互角の兵力なので戦闘が長引きます。

10/12、9時、何とか勝ち続けてソ連軍を消耗させていっています。カルガを押さえたのでその南のブリヤンスクに侵攻。ケッセルリンク元帥21/24vsザハロフ中将6/6でこれは簡単に勝てました。これで敵タワーに追い付いて包囲殲滅が出来る、と確信しましたが…。

10/15、しかしソ連軍の足掻きは続きます。まだ逃げ続けているのでこちらも更に南下を決定。オリョル防衛に成功した司令部x1、装甲師団x9のハルダー戦闘団をクルスクへ向かわせます。同日、右翼戦線ではまたソ連軍が押されていますが、どうせハンガリー同盟軍は負けると結果が分かっているのでこちらは戦線をより強固に保持するだけです。

★逆襲のハンガリー
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イタリア・ハンガリー同盟軍がソ連領を横から分捕りましたが…多分これだけいてもすぐ蹴散らされるでしょう、必ず。まあ、二重の防衛ラインが構築出来たと思えばそんなに悪い気もないかな、と思考を切り替えてます。

10/19、エストニアから緊急機動部隊の青写真をゲットします。丁度開発していなかったので助かりますわぁ。これは素直に嬉しい、影響がどうあれね。そしてたまに歩兵師団を援軍として派遣とかもしてくれるからマジ助かります。これで資源があれば文句ないけど(笑)。

10/24、クルスクのハルダーの元に戦車x6、装甲擲弾兵x1の増援が到着。ソ連軍包囲まで@2プロヴィンスです。敵は算を乱して後退中ですから、この調子で蹴散らす&大包囲網完成して殲滅すればパワーバランスは大きく動きます。さすればビターエンドも夢ではありません!腕が鳴りますなぁ。

10/24、2時、右翼戦線の敵兵力が減っているので、ルブリンとブレストリトウスクからコヴェルへ攻撃。参加戦力45/42vs4/4なので圧勝ですよ。

10/28、5時、ブリヤンスクとクルスクから、同時にコノトプとスーミに侵攻するも前者は失敗に終わります。そしてふと敵戦力を見て気が付いたのですが、指揮統制率が高い部隊ばかりです。「敵の増援か?」。ここで気が付くべきでした。敵の潰走はもう終わっており、迎撃の態勢を整えていた事に…。

11/2、突出部の西の根本部分に当たる奪われたロスラルフへロガチョフとカルガから反撃です。同日、マン社が改良型ロケット砲の開発に成功、そのまま基本型自走ロケット砲の開発に当たります。

★攻勢限界点
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11/3、ハルダー装甲軍団はスーミまで到達しましたが、ここで息切れしてしまいました。原因は後退する敵タワーを包囲すべく休みなく追っかけて行ったからですが…正直空挺部隊の降下でないと地上部隊だけで敵を追い越すのは無理のようですね。それが分かっただけでも儲けものか、と軽く考えていましたが、その代償は大きかったのです。

11/6、7時、右翼戦線では今度はピンスクとコヴェルからロウネへ進撃。ベレント元帥55/42vsクズネツォフ元帥8/19で戦い、6時間後にはドイツ軍の勝利で終わりました。しかしこの時、左翼の突出部では敵の反撃が始まっていました。

★泥濘の重装騎兵
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同日、クルスクに展開していたカイザー戦闘団(司令部x1、装甲師団x8、装甲擲弾兵x3)は一回目の防衛に成功しますが、その後の波状攻撃を受けて撤退を強いられます。当然ハルダー装甲軍団はスーミに閉じ込められてしまいました!急ぎブリヤンスクからクルスクを奪還すべく攻勢を開始。兵力は12/24vs13/27とほぼ互角でしたが、ソ連は機甲スキル持ちのロコソフスキー元帥です。残念ながらこちらは指揮統制率が低かったことで直ぐ押されて攻撃を跳ね返され、このままでは負けてしまう勢いだったので閉じ込められたハルダー装甲軍団も脱出すべく攻勢に参加しましたが…

★包囲網を破って脱出せよ!
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戦闘は我が軍の敗北で終わります。そして包囲下の28個師団のハルダー装甲軍団は消滅しました。第二次世界大戦が始まって以来の最大規模の大損害です。思えばここで無理せず補給を待ち、万全を期してから脱出作戦を始めるべきでした。包囲されたハルダー装甲軍団もまだ指揮統制率の高い部隊が少数ですが存在しており、解囲まで耐えれた筈です。それをむざむざ放棄して脱出戦に参加するなど愚の骨頂でしょう。それに解囲部隊も大半が猛追撃戦で疲弊し、補給待ちでまともに戦える部隊は殆どいなかったのですから情けない話です。大包囲殲滅戦に拘る余り自ら首を絞めてしまいましたね。ただ、あれだけの潰走中に見えた敵タワーの追撃&包囲殲滅の誘惑、これだけの装甲部隊が包囲され全滅させられる、という短期間に大興奮したり混乱したりしたせいで精神的に不安定な状況下にあっても冷静な判断を出来る程、私はHoI2プレイヤーとしてまだまだ腕が未熟であった、と言い訳して置きます。でも本当に非常に残念な事をしてしまいましたよ…。

ここで諜報部の報告を聞いて少し安堵しました。というのも、ソ連はこの時点で歩兵227、装甲部隊31と、前者-77、後者-1のかなりの戦果を上げていたからであります。だからと言ってこちらも損害を受けていたら話にならない気がしますが、負け戦に燦然と輝く報告であったのは確かです。

★戦争計画
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まずはオリョール、トゥーラからカルガまで撤退し、兵力の回復と再編を行います。その後は、また同じ手ですが、ブリヤンスクから南下してソ連南部の軍を包囲し殲滅する作戦”有刺鉄線”を敢行します。やはり南下し包囲してこれだけの範囲の部隊を殲滅出来ればパワーバランスが大きく動きますからね。作戦は大胆であるべきです。しかし前回の様な危険な行動は厳として慎み、常に敵の包囲を考えて慎重に、且つ果敢に作戦を遂行して行きたいと考えます。

★ムルマンスクへ
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南部で大打撃を受けたので、最北部の部隊はムルマンスク、コーラの制圧を急がねばなりません。ここに展開している部隊は今や貴重な予備戦力となりました。出来うれば今年度中に作戦を完了させたいですね。

★秩序ある撤退
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当初の予定通りカルガへの撤退を開始します。ここで気が付いたのですが、指揮統制率の回復が遅れる原因が分かりました。参謀長がグデーリアンのままでした。なので急ぎヨーデルと交代させます。すると、流石回復率+20%ですね、見る見るうちに指揮統制率が上がって行きます。もっと早く気が付けばよかった…(滝涙)。

12月の記録がないしSSもありません。恐らくこの期間は兵力増強と再編成に充てており、大きな戦闘はなかったと記憶しています。ただ、冬の11月まで攻勢を続けれた事はよい経験となりました。多少の積雪であるならば戦えるのですね。これは今後に活かします。

★スターリンのオルガン
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新年を迎えた1/7、マン社が自走ロケット砲基本型の開発を終えたので、そのまま改良型の開発も行って貰います。自走砲の進化が止まっているのですが、何を上げたら開発が始まるのか分からないのでロケット砲の開発をやっています。何かキーとなる技術があると思うんだけど、何だろうな~。

★戦闘部隊ドクトリン
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スツーカ用のドクトリンの研究をフーゴ・シュペルレ閣下に研究して貰います。しかしこの頃になるとスツーカは損害が多くて困ります。編成で近接支援機x3+戦闘機x1と護衛を付けているのですが、それでもかなり被害が出ます。ここは近接支援x2+戦闘機x2にするか、近接支援x4の飛行空域には戦闘機x4の部隊を一緒に制空権で飛ばす方が良いのでしょうかねぇ。地上からの防御射撃でも被害が出るみたいですから、一概に戦闘機だけ、とは思いませんが、やはり敵戦闘機がいる空域では全滅する時が多々ありました。難しい問題ですねぇ。

★緊急機動部隊ドクトリン
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1/30、先鋒司令部の研究を終えたらいいかな、と思って放置してあった研究をグデーリアン将軍に任せます。歩兵の生産が遅れるのでちょっと敬遠していたのですが、その他のボーナスが凄いし、何より青写真付きだから採用しました。尚、このラインはメッサーシュミット社がジェット空母航空隊の開発が終わった後に動かしています。これにより更に我が大西洋艦隊は強大になりますな。

2/1、チェレボヴィッツで敗北です。敵に三方向から攻められるので落とされやすい死地でしたが、ここを確保しておけば防衛が楽だったのですが…。火消し部隊で装甲部隊x1、装甲擲弾兵x2をカルガから送ります。

2/14、今度はデミャンスクで敗北です。攻められ難いから、と少数の兵力しか配置していなかった所を突かれました。中々AIも本当、やりますな。

★戦争計画の骨子
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この画像をご覧下さい。この様にたった5プロヴィンスでソ連軍左翼を包囲出来ます。これは非常に魅惑的な事です。しかし…ここまで意図していなかったとはいえ前回は失敗し、今回は兵力が前回よりも大幅に減っています。それでもこの時はまだ大包囲の魔力に憑りつかれており、楽天的な希望的観測で作戦を始めてしまいます。しかし現実はそれほど甘いものではない、と気付くのに左程時間は掛かりませんでした。

★前途多難の作戦
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2/16、8時、”有刺鉄線”作戦発動です。カルガから攻勢を開始し、まずはブリヤンスクでカイザー元帥24/24とクズネツォフ元帥17/21が砲火を交えますが、勝敗が決したのは何と11日後の2/27の10時でした。もしブロンベルク元帥の部隊が支援しなければどうなっていたか。同規模同士で冬季戦は厳しいのでしょうか。初手から躓いてしまいましたが、まだ希望は捨てていませんでした。

★英雄都市
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同日の北部戦線ではハイスマイヤー大将:17/18がコルパクチ大将:5/9とムルマンスクで雌雄を決し、翌日の丁度24時間後の8時に勝利して敵部隊をコーラに閉じ込めました。後はコーラを制圧するだけで済みます。早く守備部隊を置いたら南部へ残った兵力を回したいですよ。

2/25、我が大西洋艦隊が今年最初の海戦(リトルミンチ海峡)を行いました。戦果は下記の通りに。
BB オクラホマ テネシー 
CV フランクリン サラトガ
CVL プリンストン

しかしこちらは手酷い損害を被りました。損害状況は下記の通りです。
ザイドリッツ 耐久度18%に低下(以下同じ)
グラーフ・ツェッペリン 32%
アメリカ 68%
ゼーレーヴェ 88%

出港したばかりですが、また修理の為に港に閉じ籠る羽目に。まあ、損害がない分ましでしょう。

2/26、5時、攻勢を開始したカイザー元帥を支援すべくブリヤンスク南のクリンツィへルントシュテット元帥:37/15の部隊がロガチェフから支援を受けつつロスラルフから攻め入ります。迎え撃つはシャポシニコフ大将:12/13。戦闘は翌日の6時にドイツ軍勝利で終わります。

3/9、敵がいない為、無抵抗でクルスクの奪還に成功しました。不気味な程静かですねぇ。

3/11、待望の装甲師団x3が本国から到着です。戦略移動で向かう先はもちろんブリヤンスクです。

★最後の抵抗拠点
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3/12、ムルマンスクからの最後の攻勢が始まり、コーラのソ連軍は3/16 17時をもって全滅です。守備部隊を残したら急ぎ南部の戦線へ送ります。

★MainBattleTank
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3/18、フーゴ・シュペルレ閣下が戦闘部隊ドクトリンの研究を終了。そして遂に主力戦車をクルップ社に開発を命じます。ソ連も開発を始めたらしいので早期戦力化を図らねばなりません。

★ブーツの踵
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3/20、6時、我が軍側へ突出しているゴメリのソ連軍(ルイベルコ元帥:8/14)をズロービン、ロガチェフ、クリンツィの三方から攻めるのはベレント元帥の率いる36個部隊です。戦闘は3日後に我が軍勝利で終了。少しずつソ連軍を排除にかからないといけません。

★無停止進撃
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3/20、午後16時、クルスクからベルゴロドにブロンベルク戦闘団(司令部x1、装甲師団x6、歩兵x6)が到着します。ここでも殆ど敵が居ませんのでこれはチャンスですね。橋頭堡の確保拡充を計りましょう。さあ、上手くやれよ。

3/22、I・G・ファーベン社が基本型プラントの開発を終了し、そのまま改良型の開発を行います。ここで先に空きとなったラインへ次の開発を指定していなかった事に気が付き、急ぎブロム・ウント・フォス社に現代型重巡洋艦の開発を命じます。所で現代型の重巡ってどんなのでしょうね。現代の巡洋艦というとキーロフとかタイコンデロガを想像しますが、まだそこまで行かずにソ連のスヴェルドロフとかカーラ級辺りでしょうか。そう考えると現代型軽巡とか訳分かりませんね。ツイッターで先輩とツイートしましたが真面目に考えると謎ですね~。

同日、コーラの制圧が終わったので、守備に装甲師団x1、歩兵x6を残してブリヤンスクへ司令部x1、歩兵x9を戦略移動します。

3/27、16時、無人のベルゴロドからほぼ無抵抗だったクルスク、そして微弱な抵抗を跳ね除けてハリコフへ進撃します。ここまでは順調でした、恐ろしい程ね。

★敵が退いて行く?
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4/1、右翼で敵がいないのでタルノポリへ侵入します。万が一を考えてロウネからは支援攻撃する手配をしてから進みましたが、よく敵がいないのを見かける様になりましたが、包囲を恐れて撤退中なのでしょうか?

★薄い前線
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北部ではソ連軍に押されています。これも北部の守備隊が少ない為で、他が12~15部隊はいるのに、この戦線では10部隊にさえ満たない部隊で守っているのが殆どです。生産は全滅した装甲軍の回復に充てられており、その分歩兵部隊の生産すら行われていない状況なのでこういった状況に陥っているのですが、せめて歩兵部隊に1ラインでも回し、慢性的な兵力不足を補うべきだと考え始めました。しかし減衰した空軍の再建も図らねばなりませんから厳しい状況です。

★基本型情報理論
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4/3、ハインツ・グデーリアン閣下が緊急機動部隊ドクトリンの研究を終了。次にコンラート・ツーゼに基本型情報理論を研究して貰います。

4/5、4時、戦闘部隊は遂にハリコフを超えて最終目的地、スターリノへ向かいます。これで包囲陣が完成した、これで勝てる!しかしソ連軍は間抜けではありませんでした。

4/7、15時、キエフ北のヴィシュゴロドへモジル、ズロービン、ゴメリから攻撃を開始します。指揮を取るのはイッペンベルク大将の33個師団。対する敵はルイバルコ大将の20個師団。これは楽勝だな、と思いましたが…驚いた事に作戦は失敗と聞かされます。三方から攻めて更に敵よりも多い戦力で負ける?原因が分かりませんが、恐らく泥濘期でその修正がキツイ、渡河攻撃もあった為、これも修正されたから、でしょうか。後でよく地形戦闘修正表を確認しておかないといけませんね。

4/11、北部でヴィテグラに対してモジル、ズロービン、セゲージャの三方向から攻めます。これは防衛ライン短縮の為の攻勢でしたが、敵より劣勢だったので攻勢は失敗に終わります。もう少し兵力の集中を待って攻勢を開始するか悩みます。

4/15、モスクワの東のプロヴィンス、ルイビンスクで敗退です。段々ソ連軍も攻勢を仕掛けてくるようになりましたねぇ。しかしここはモスクワに籠って戦った方が守りやすいので、大人しく退がりますか。

★敵攻勢の阻止
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4/27、南部へ突出している左翼部隊を支えるクルスクが再び敵の攻勢を受けているのが分かりました。そこで敵戦力を分散させるべく牽制攻勢開始です。まず北のクリンツィとブリヤンスクからコノトプへ(ベレンス元帥31/42vsシャポシニコフ元帥10/22)、ベルゴロドとハリコフからスーミ(ブロンベルク元帥19/30vsビリューコフ元帥30/37)へ攻撃を行いました。しかしスーミの戦いで敗北し、このままでは前年の悪夢再びだったので急ぎベルゴロド、ハリコフから撤退です。どの道どちらも指揮統制率が低くて持久戦を行える状態ではありませんでしたからね。

★第2次ヴィテグラ会戦
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一方、北部では増援を受け、司令を代えて再編したハルダー戦闘団が第2次ヴィテグラ奪還戦を開始しました。参加兵力はハルダー元帥:18/24vsブデニー元帥15/25と、今回はこちらが兵力でも上ですが、上手く行くでしょうか。

★潰走阻止
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早期に撤退を決断して動きましたが、一つミスを。ベルゴロドの部隊が早期に退却してしまったのでハリコフからの撤退部隊が襲われ、ハリコフに戻されるという非常事態がまた発生しました。急遽ベルゴロドを取り戻し、何とかハリコフからの撤退部隊の収容に成功しましてほっと胸を撫で下ろしましたが、これは順序立てて撤退すべきだという教訓を教えてくれました。ここで例えるなら、まずハリコフの部隊がベルゴロドへ退がり、それが終わってからベルゴロドの部隊と一緒に退がるのです。これならば整然と撤退が出来ますよね。よい戦訓を会得出来て嬉しい限りですよ。

5/6、海軍造船所が海上要塞ドクトリンの研究を終了。次にモーゼル製造会社に現代型歩兵の開発を命じます。主力戦車と歩兵でまた装備更新地獄になりますが、まあ、仕方ない事ですよね。

5/15、またしてもヴィテグラで敗退です。戦術も兵力もこちらが上なのに負ける。これは季節的に泥濘期だから戦闘に大幅な影響を受けるからでしょうか。よくデータを見ないといけませんな。

さて、そろそろ泥濘期を終えますが、我が軍は再度ハリコフを奪えるのか。石油の備蓄がギリギリでもっている現在、バクーへの道は遠いのですが、何としても進撃して奪わねばなりません。その為にもこれからの作戦の成否は戦争の趨勢を決める事でしょう。独ソ戦6年目は果たしてどうなるか。次回更新をお楽しみに!

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